そこは部屋の一室…天井まで3mはあるであろう広い長方形の空間…だが、奇妙なことに壁の両側から伸びた頑丈そうな荒縄を目で追うと、縄はやがて網になり地上2m程の中空に揺りかごのような袋、俗にいうハンモックというユニークな寝具を形成していた。
暗闇が覆う室内にあって宙に浮く揺りかごのようなその袋の中に…寝苦しそうに動く影があった。
真っ暗な闇の中で光る金色の瞳。
隼人はなかなか寝つけないのか珍しく何度も体を入れ替え寝返りをうっていた。
ここの所どうも体の様子がおかしい…けして体調が悪いのではない。
むしろその逆で調子が良すぎるのである。
もともと常人と比べ五感は鋭いほうなのだが、最近は感覚が冴えすぎている感さえある。
それに生まれつき身軽ではあったが、今では自分のものとは思えないほど体が軽く、逆に制御しきれないほどなのである。
「う~ん…やっぱり眠れないや…」
気分が良すぎるのも考えもので高揚し過ぎて落ち着かない。
ただ原因はわかっている。
先日の人狼と吸血鬼の戦争に赴き狼の血族と対峙してから始まった奇妙な違和感。
代々、狼を護り神として奉ってきた武人の血筋を引き、生まれながらに能力者として覚醒していた自分のことだ。
人狼と出逢った事で『運命の糸』が結ばれ、己に流れる狼の血族としての血がその力に目覚めたことはまぎれもなく自身の身体が証明してくれていた。
つい昨日も、この寮でメイドとして働く少女の眠りを誘う術の練習代にと捕獲されていた巨大な白いワニを食材と思い込んで油断して近付いたところをパックリと噛みつかれたが、魔法の技を使うことなく内から迸る熱いほどのエネルギーがみるみる体の傷を癒してくれたのだ。
しかも気がつくと反射的にに反撃をしていたのだが、そこでも今までに使ったことのない冷気の力…魔氷の力が発揮されたのだ。
冷凍食品として寮の冷凍庫へと姿を消した白ワニをよそに、隼人は自分に今までにない力が備わった事、狼の力が覚醒を始めたことを確信したのだった。
「どのくらいでコントロールできるようになるのかな~?」
そう呟きながらも自分の身体に流れる狼の力が目覚めたことに自然と笑みがこぼれる隼人だった。
月のエアライダー
純粋結社“戦”に
入寮中。