「これはまた、大量のゴーストが出てきそうな気配でありますな。」
対ゴースト兵器として訓練された、異様に襟首の高い軍服に身を包んだ対妖霊用人型兵器・第弐拾参號兵…親しい仲間からはハンスと呼ばれるその男は、言うが早いかイグニッションを済ませ、軍刀の柄に手を添えた。
「ねぇねぇ~?前から思ってたんだけど、ハンスっていつも襟で鼻まで隠れてるけど苦しくないの~?」
これから大量のゴースト達を相手に命を懸けた死闘に向かうとは思えないのんきな会話を繰りひろげながら、秋もイグニッションを済ませると朱色の和風な戦装束を纏い一振りの剣を手に周りを警戒し始める。
「あっれ~?イグニッションカード何処にしまったっけな?」
二人に続き戦闘体勢に移ろうとした隼人だったがイグニッションに必要なカードを何処にしまったかわからなくなり自分のポケットを手当たり次第探り始める。
と、三人の進入に気がついたのか工事現場の鉄骨で組まれた足場の向こう側からわらわらとゴースト達が姿を現した。
「Σって、えぇ!?ちょっ、まだ早いって!」
まだ戦闘体勢に入れていない隼人をよそにゴーストの一団は三人目掛けて駆け出してきた。
「ほら!隼人何やってんの!!早くしなよ!?」
「隼人殿、何もたもたしてるでありますか!?目標はもう向かってきてるでありますよ!」
そう言い放ち時間を稼ぐ為に秋とハンスはゴースト達を迎撃に向かう。
秋とハンスが向かった先とは別の方向から蠍のハサミを背中から生やしたバイソンの姿の妖獣が砂煙を巻き上げながら隼人めがけて突進して来た。
「でぇぇぇぇぇ!?だから、ちょっと待てってーの!!」
イグニッションをしていない能力者は常人と比べれば遥かに能力が高いとはいえゴーストを相手にするには危険すぎる。
秋とハンスの行動。隼人から敵を引き離そうと隼人から距離をとってしまったことが逆に仇となった形になってしまった。
「隼人!!」
「隼人殿!!」
蠍野牛の妖獣が目前に迫ったその時、隼人の手がやっとイグニッションカードを探り当てた。
「ちぃっ!!間に合わねー!」
ドドドドドドドドドド!!
蠍野牛の通り過ぎるその上を放物線を描きながら紅い狼の影が飛翔した。
瞬時に狼化し妖獣の突進を回避した隼人は着地と同時に紅い狼頭の獣人へと姿を変えると野獣の咆哮をあげた。
「オオォォォーーーン!!」
すかさず反転すると急ブレーキでやっと止まった蠍野牛の背後へと瞬時に距離を詰め手にした特殊な形の短刀を一閃させ蠍のハサミを付け根から切り落とす。
「“待て”の出来ない悪い子にはお仕置きが必要だよな。」
蠍のハサミを切り落とされ、苦痛に雄叫びを上げながら狂ったように暴れる妖獣は、前足を振り上げ隼人を踏み潰そうとする。
ただ、本来の力を解放した隼人には遅すぎる反応だった。
踏みつけようと前足を高く上げた事で無防備にその腹部をみせてしまったが故に隼人の紅い軌跡を描く高速の後ろ回し蹴りをまともに喰らいその巨体は吹っ飛びながら灰へと還っていった。
「まったく!危なっかしい事すんじゃないの!!」
叫びながらも安心した様子で秋は直刀を横薙ぎに払うと目前の労働者の屍を両断する。
「油断は禁物でありますぞ!」
ハンスも安堵の様子で隼人に声をかけると振り向きざまに巨大な牙を剥き飛び掛る犬の妖獣を切捨てる。
「えへへ、すんません。気をつけるっす。」
言いながら隼人は秋とハンスの傍らに駆けつけ残りのゴースト達と対峙する。
「それにしてもサファリパークみたいなとこっすね、ここは…」
「さっきの猛牛といい、犬、猿、獅子…確かに動物園でありますな。」
「あの、蛇に乗ったリリスはあたしにやらせてよね。」
残りはゆうに3mはあろうかという巨躯の猿、しかも腕が4本もある妖獣とまるで獅子の獣人のような姿の自縛霊、大蛇にまたがるワイルドなリリスの3体がこちらの出方を伺っていた。
三人の能力者…否、人狼達は自分達が戦うことで更に血が滾るのを実感していた。
月のエアライダー
純粋結社“戦”に
入寮中。