獅子の獣人のような一体、4本腕の巨躯の猿、大蛇に跨った秘境に住まう原住民のような少女。
対する能力者も三人。
軍刀を構えた襟の高い軍服を着た男、上半身には何も纏わずアメリカ先住民の戦化粧の様な装いをした紅い狼頭の獣人、朱色の戦装束に赤錆で覆われたかのような直刀を握る少女。
少しの沈黙の後、しばらく対峙していたかと思うと能力者達から動いた。
「散るよ!!」
戦装束の少女、秋の掛け声と共に三人の能力者はそれぞれが散開する形で駆け出した。
獅子の獣人を標的に選んだ軍服の男、ハンスは散開しながらいかつい銃をホルスターから引き抜き獅子に向けて引き金を引く。
ドゴン!!
まるで大砲でもぶちかましたかのような轟音を轟かせ、ハンスの銃から放たれた銃弾は標的からかわされるものの、その驚異的な威力は風圧だけで敵の肩の肉を抉り取った。
かわしたはずの銃弾に思わぬダメージを受けた獅子は怒号を上げながらハンスへと詰め寄る。
お返しとばかりにその鋭い爪を振り降ろすが、ガキンと音をたてハンスの愛刀に弾かれる。
獅子の爪を愛刀で弾き上げたハンスはそのまま返す刃で袈裟切りに切りつけた。
ボトリと右腕が地面に転がり落ちたかと思うと苦痛のあまり絶叫しながら獅子が暴れまわる。
「弱い犬ほどよく吠えると言うが…獅子のなりのくせに五月蠅い奴だ…」
残った腕をやみくもに振り回し狂ったように暴れ回る獅子の攻撃を冷静にいなしながら、ハンスは愛刀を逆手に握りなおすと動力炉の回転を急速にあげ、火花を散らした刀の柄で思い切り殴り飛ばす。
鳩尾にまともにロケットスマッシュを喰らった獅子の地縛霊は吹き飛びながら塵のように霧散して消えた。
隼人は目の前の巨大な猿の妖獣を見上げながらどう攻めるか思案していた。
爪先立ちでの軽やかなステップ。
独特のリズムを刻みながら、一見、本能のままに行動しそうなその獣の様な姿とは裏腹に、妖獣の動きを予測しながら隼人はシュミレーションを繰り返していた。
妖獣特有の体を蝕む苦痛が限界に達したのか、4本腕の猿の妖獣は隼人のステップにイラついたかのうように踊りかかる。
4本の腕がそれぞれ隼人に向かって振り下ろされる。巨躯に似合わず恐ろしい早さで繰り出される攻撃だったが、スピードに自信のある隼人を捉える事はかなわなかった。
素早い猿の攻撃の更に上を行くスピードで、逆に猿に向かってダッシュした隼人は、カウンターさながら攻撃をかわすと巨漢の猿の股をくぐり抜け、すれ違いざまに体を一周させ手にした特殊な短刀を一閃させた。
てっきり獲物を叩き潰したと思った猿だったが、叩きつけた4つの拳からは手ごたえを感じず、逆に足首の後ろ、アキレス腱のあたりから走った激痛にもんどりうって倒れ込む。
巨体を倒すにはまず足を潰すというセオリー通り、まずは動きを封じたはずだったが相手は手の長い猿、しかも通常とは違い4本の腕を持つ妖獣である。
油断したわけではなかったが、猿の伸ばした腕に隼人はつかまってしまう。
「くっそ!このテナガザルがぁ!!」
体がでかいだけに手もでかい。
予想外の展開に、隼人の身体は猿の片手に捕らえられてしまった。
このままでは完全に動きを封じられ別の拳で殴り飛ばされてしまう。
最初の数発は避けられないなと覚悟した隼人だったが、自分が一人で来ていたわけではない事を思い出す。
ドゴン!
轟音が響いたかと思うと猿のわき腹に大きな風穴が開き、隼人はその巨大な掌から投げ出された。
「ハンスくん!サンキュ!!」
言うが早いか空中で体をひねると、猿の頭めがけて紅い軌跡を描く狼の牙の如き鋭い蹴りを放つ。
ドシュッ!!
ザクロが弾けるかのように猿の頭が吹き飛んだかと思うと巨大な猿の妖獣は灰に還っていく。
「油断大敵でありますよ。」
獅子の地縛霊を屠ったハンスが対妖霊用にカスタマイズされた大口径の銃で隼人のピンチを救ったのだった。
「へへ、油断したわけじゃないんだけどねー。」
そう言うと二人はリリスを相手に恍惚の表情で立ち回る朱色の戦装束の少女に目を向けた。
元々戦闘が好きな秋だが、ことリリスを相手にした時の猛攻は尋常でない。
大蛇に跨り蛇からの攻撃と手にした槍を巧みに繰り出すリリスだったが、攻撃など目に入らないかのような秋の怒涛の斬撃に次第に防戦一方になる。
確かに蛇の牙も槍の刺突も致命傷にならないまでも秋の体を傷つけたはずだった。
しかし、目の前の少女は痛みで動きを鈍らせるどころかますますその体捌きは無駄がなくなっててくる。
自己強化で上がったはずの己の攻撃も朱に染まった少女の体力をそぐには至らない気がしてきた。
逆に少女の斬撃は一撃一撃ごとにその鋭さと重さを増し確実にまともに喰らえば致命傷となる事を感じさせる。
だが、気づいた時は遅かった。
「…もういいや、お前つまんないよ。」
その言葉の意味を理解した時、リリスの顔は恐怖に凍りついた。
この目の前の少女との力量差はあまりにも開き過ぎていたのだ。
始めに当たっていた攻撃も簡単に避ける事すらできたというのにあえて受けていたのだ。
己の愚かさに気づいた時には忠実なる僕、大蛇が冷獣の闘気を纏った一撃で砕け散る。
なんとか恐怖を振り切り逃げ出そうと走りだすが、地を這うように伸びる朱に縁取られた黒手の影に、リリスは悲鳴をあげる暇さえなく引き裂かれ…闇に消えた。
「秋さ~ん、まだ先があるんすからそんなに遊ばないでくださいよ~。」
「隼人殿の言う通りであります。まだスタート地点でありますから、この先どれだけのゴーストが出現するかわからないであります。」
「ぶー、わかったよー次からは遊ばないよー。」
苦笑いでたしなめる二人に膨れっ面で答えると、秋は人狼の再生能力で身体の傷を癒した。
そして、三匹の人狼の影は朽ちた工事現場の中へと吸い込まれていった。
月のエアライダー
純粋結社“戦”に
入寮中。