夢の中で唐突に聞こえてきた声に隼人は飛び起きた。
いつものように部屋に吊るされたハンモックで眠りについていた為、バランスを崩し隼人は2m程の高さから落下してしまった。
今までに感じた事のない重力にドスン!としたたかに地面に打ちつけられた。
重力を克服する能力を持つ月のエアライダーである隼人にとってそれは始めての経験だった。
「いって~………って、あれ?おかしくない?」
寝ぼけているのかと思考を巡らせるが、どう考えてもおかしかった。
月のエアライダーの本業能力であるエアライドは、どんな高所から落下したとしても机から飛び降りた程度の重力しか感じる事はない。
たかだか2mの高さから落下してこのように無様に地面に打ちつけられるはずがないのだ。
「………………」
しばしの沈黙の後、隼人の考えから導き出された答えは一つ。
「もしかして…エアライド能力がなくなっ…た?」
思案を続ける隼人が思い当たったのは…目が覚める直前に夢の中で聞こえてきた声…
「…魔狼の力…?」
隼人がぽつりつぶやいた次の瞬間。
「!!!」
ドクンドクンドクン!!と脈打つように体の奥底から湧き上がってくる衝動に戸惑う隼人。
まるで近づく者全てを引き裂いてしまいたくなるような強烈な殺戮衝動が隼人を襲う。
「ぐぅぅ…なぁぁああぁぁ…がぁぁあぁぁ!!」
体中に広がる禍々しい衝動に全身全霊をもって抵抗しようとする。
うずくまり必死に自分の中にある自分ではない狂気と戦う隼人の体に異変がおこる。
毛髪が伸びてきたかと思うと、全身に紅い体毛が生え始めメキメキと音をたてて頭、腕、足と体の各箇所が伸縮し変形し始める。
数秒後には隼人のいた場所に一匹の紅い狼が姿を現した。
「…フゥゥ…ウゥゥ…グルルル…」
苦痛に耐え、痛みから解放された隼人が見たものは狼の体へと変形した自分の前足だった。
「Σ!?」
まさかと思い部屋の鏡の前に駆け出す隼人。
まるでイグニッションしたかのような俊敏さで動く自分の慣れない体に驚きつつも鏡に映った姿を見て隼人は理解した。
「(…俺は人狼の力に覚醒めたのか…)」
鏡に映った若い紅狼の姿は雄々しく美しかった。
隼人は重力に打ち勝つエアライドの能力を失った替わりに狼へと変身する人狼の力を手に入れたのだった。
「(高層ビルからのバンジージャンプは出来なくなっちゃったけど、この姿のほうが俺らしいかもね…)」
そんな事を考えると、鉄斎とルーツィエに報告しに行く為、地下2階へと駆け出したのだった。
月のエアライダー
純粋結社“戦”に
入寮中。