『犬神せんぱい、ばんごはんの準備ができましたよー』
いつもなら真っ先に食卓に顔を出す隼人が夕飯時になっても姿を現さない。
不思議に思ったはねずが隼人の部屋まで呼びに来たのだった。
二呼吸ほど間をおいて部屋のドアが開いた。
『…ん…はねずちゃん、ありがと…でも、今日は飯いらないや…ちょっと出てくるね…』
そう言うと隼人は寮を後にした。
隼人が夕飯はいらないと言い残し寮を出て行った事を皆に報告するはねず。
『犬神せんぱい、ごはん食べてきたんですかねー?』
『ん、食べたくても食べれないんですよ、今日は。』
『食べたいのに食べれないんですか?どこかいたいいたいなんですか?』
『…んー、心が痛い痛いなんですよ。』
『こころがですか?』
『友達ともう会えなくなっちゃって悲しいんだよ。』
『…ああ、例の東北の一件か。また犠牲者が出たようだが隼人の知り合いだったのか?』
『んー、なんでも最初の鬼依頼の時に同じ任務についた子だったみたいですよ?』
『…一緒の依頼で戦った子が帰らぬ人になったら…それは辛いよね…』
『犬神せんぱいのおともだちは遠くに行っちゃったんですか?』
『ん、もう会えないくらいとっても遠くに行ってしまったんですよー。』
『犬神せんぱい…さみしいんですね?』
『そうだね…帰ってきてもそっとしておいてあげようね。』
『はい!帰ってきたらいいこいいこしてあげます!』
そんな会話がなされている中、寮の裏山を電光石火の如く駆け抜ける紅い影があった。
信じられぬ思い
込上げる悲しみ
何も出来ない悔しさ
やり場のない怒り
押さえつけられない衝動
それらの全ての感情を吐き出すかのように紅い狼の姿をとった隼人はただただ闇雲に山中を駆け回っていた。
裏山の山頂近く、険しい岩場の一角に辿り着いた隼人は月に向かって雄叫びを上げる。
その慟哭の如き吼え声に、山の至る所から遠吠えが返ってくる。
しばらくして、岩場の陰から和服姿の女性が姿をあらわした。
『…ここにいるだろうと秋殿から聞いたのでな。』
そう言うと紅い狼の傍らに腰掛け、言葉もないままに狼を抱き寄せる。
抱いている狼は小刻みに震えながらその姿を人の形へと変えてゆく。
『…っく…すん…ません…今日だけは…泣いてもいいっすか…?』
いつも陽気な隼人のこんな姿を見るのは初めてだった。
沙紅夜はこの愛おしい年下の恋人を無言の抱擁で包み込んだ。
隼人は沙紅夜の胸に顔を埋め声を殺して哭いた。
この夜、裏山に響く狼達の哭き声は鎮魂歌のように止む事はなかった。
月のエアライダー
純粋結社“戦”に
入寮中。